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発売年:1988年
開発元:ウルフ・チーム
ジャンル:ファンタジーロールプレイングゲーム
発売機種:PC-88、PC-98、X1、FM77、MSX2、X68000、メガドライブなど
※画像はすべてMSX2版のものです

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*概要

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「アークス」は、「夢幻戦士ヴァリス」「ファイナルゾーン」などを手がけた開発チーム「ウルフ・チーム」がその後独立して1988年に発売したファンタジーRPGで、ウルフチームらしい凝った世界観と物語、そしてヴィジュアルシーンやBGMに大きく力が込められた作品であり「ドラマチックRPG」というキャッチコピーが付けられていました。

物語は主人公「ジェダ」を中心に展開していきますが、ジェダの仲間で対立している人間とエルフ族の間に生まれたハーフエルフの少年「ピクト」が物語のキー部分に大きく絡むため特に扱いが大きく、その影響かあるいは最初から想定されていたのかは解りませんが、続編の「アークスII」「III」では成長したピクトが主人公になっています。

また本作は、戦闘を積み重ね経験値を稼いでレベルアップ、同時にお金も稼いで装備を強化するという、当時のRPGでは常識的だった「キャラクターの成長」というシステムを撤廃(完全な撤廃ではないが)し、RPGには必ずついて回る長時間のレベル上げや金策からプレイヤーを開放したという意欲作でもありました。

*物語

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舞台は「アルカサス」という王国。かつて人間はこの地に辿り着き精霊達と信仰による約定を結び、その力、すなわち「魔法」によって文明を築き繁栄していた。しかしやがて人間は欲のために先住部族(エルフ)達を追い払い、魔法の力を争いのために使用したため、それに怒った精霊達は人間とアルカサス王国を見捨てた。

精霊の加護を失った王国の大地は荒れ、氷河や砂漠は広がり、精霊信仰を失った人々の心は荒んでいく。それからしばらくして、アルカサス国王のもとに平和の番人とされる「黄金の竜」が現れ、「民を連れてアルカサスの地を離れよ!太陽がその光を失うとき、この国に最後の審判が下る。その時我は、我が信条と調和の名の下にこの国を滅ぼすであろう!」という最後通告をしたのである。

それと同じ頃、一人の若者「ジェダ・チャフ」が、かつて自ら騎士を辞めただの木こりになった父親の埋葬を済ませ、今旅立とうとしていた。彼は父の墓前に騎士になる為の冒険に出ることを告げ、父が隠していた騎士時代の剣と鎧を身につけると、父に別れを告げて旅立っていったのである。

*RPGってなんですかね?

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さて、皆さんが思う「RPG」とはいったいどんなゲームでしょう?本来の「ロールプレイ」という言葉の意味は置いておいて、コンピューターゲームとしてのRPGの場合です。恐らく多くの人が、
①、敵を倒して経験値を稼ぎ強くなる
②、金を稼ぎ武器や防具を強化する
③、①と②を繰り返して冒険の目的を果たす
そういう「成長の要素」があるゲームを「RPG」だと考えるのではないでしょうか?
しかし世の中にそうイメージされた「RPG」が大量に誕生してくると、多くの人がやがてある部分に引っかかりを感じ始めます。

それは経験値稼ぎと金策の反復行為、つまりさっき挙げた③が煩わしくなるのです。なんせこの時代のRPGはゲームプレイ時間の多くをこの③に費やす必要がありましたから、そういうのが”作業”に感じてしまう人にはキツイものですし、ゲームバランスの悪い作品だと砂浜から軽量カップで砂を運び出すような思いをさせられたりもしました。

またよくよく考えてみると「魔王が王国を滅ぼそうとしている」とか、「囚われた姫が処刑されようとしている」という状況のときに、世界を救う勇者がノンビリ町の近くで経験値上げをしている。なんてことがあるものでしょうか?それは物語のテンポを狂わせる原因になります。もっとも「精神と時の部屋」が存在するとかならともかくですが。

そこに注目した(のかは不明ですが)がこの「アークス」というRPGです。

*常識を覆すシステム

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本作はなんと他のRPGに常識的に存在していた「経験値」や「レベル」という概念、つまり「成長」という要素を撤廃してしまいました(正確には完全な撤廃ではない)。従って本作では敵といくら戦っても『レベルが上がった!』などのメッセージは出ません。キャラクターはゲームが始まってから、最後まで全く同じHPで同じ能力値のままなのです。

これだけでも驚くべきことなのですが、しかし本作はこれだけでは済みませんでした。なんと本作ではこれもRPGの常識であった「敵を倒すとお金がもらえる」という要素まで撤廃してしまったのです。じゃあどうやってお金を入手するのかというと、ダンジョンに固定配置された宝箱から手に入れるしかありません。つまりお金も有限なのです。

そんなんで武器とか防具とか買い揃えられるのだろうか?と不安に感じるかもしれません。しかしそれは無用な心配というものでしょう。なぜなら、本作ではどこにいっても武器も防具も売っていないからです(あるのは道具屋だけ)。なんとこの「アークス」というRPGは、キャラクターを成長させられないだけでなく、武装による強化も出来ないんです。

びっくりですよね!?ただまあ一つ訂正をさせてもらうと、キャラクターを成長させられないというのは嘘です。

*ほんとうはあった経験値

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実は本作にも「経験値」というものは存在しているのですが、それがまた特殊で「モンスター毎の戦闘経験値」なのです。解りやすく言うと、スライムを何匹も倒しているとキャラクターはスライムに対しての戦闘経験値が上昇し、経験値が上昇するごとにスライムに対して与えられるダメージ量が上がっていきます。

しかしそれはあくまで「スライムに対してだけ」の話であり、たとえスライムを一撃で倒せるだけの経験を積んだ「猛者」だとしても、初めて出会ったモンスターに対しては「初心者」レベルの強さしか発揮することが出来ないんです。だから時間をかけて今のダンジョンで強くなっても、新しいダンジョンに入ったらまた弱い状態から始まる。まるで転職したての社会人、転校したての学生みたいですね。

そんな徒労感を味わえる本作ですが、ゲームに登場するモンスターの数が少なく、別々のダンジョンでも同じ敵が何体かは登場するということが救いにはなっています。ただこのモンスター毎の経験値は、一切画面で確認することが出来ない値なので、敵と戦ってみることでしか自分の強さが解らないのは困りものです。

とはいえ根詰めて何度も繰り返し戦わなくても、ダンジョンを普通に探索しているだけで自然に有利に戦えるレベルには成長できました。これも救いですね。

*それにより得たもの

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普通のRPGでは常識の繰り返し作業による成長や強化要素をなくしたおかげで、本作が得たものがあります。それは「テンポ」です。普通のRPGでは今までのエリアから次のエリアへ向かうとより強い敵が現れるため、大抵はその前にレベル上げ、資金稼ぎで装備の強化をするのが定番の行動でした。

しかし本作にはレベルも武器の強化も無いし、モンスターの経験値を稼いでも、次のダンジョンで新しい敵が出てきたらまた一から始めることになるのだから、だったら同じ場所で足踏みをしているよりも、さっさと次の場所に行って新しい敵と戦ったほうが有意義ってことになります。なので、立ち止まることなく次へ次へと、テンポ良くゲームを進めることが出来ます。

またタイトル画面が現しているように、本作では「日食が始まるまで」というのが物語のある種のリミットになっていますので(実際のプレイ時間は影響しないが)、そのリミット設定が目の前にありながらのんびりレベル上げや、金策なんてやってるのも変ですよね?そういうものを撤廃することによって、ゲームだけじゃなく「物語のテンポ」も守られたのです。

しかし、これは成功だったのでしょうか?

*貯金好きと預金通帳

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レベル上げや金策など単純作業の繰り返しをなくし、物語のテンポに重きを置いた本作ですが、いざプレイしてみるとその2つの良さは確かに実感できるものの、それと同時に圧倒的な「物足りなさ」を感じざるを得ませんでした。物足りなさの正体、それは無くなってよかったと思えたはずの「単純作業の繰り返し」だったのです。

いや正確に言うと、単純作業の繰り返しによって得られる「成長の実感」だったのでしょう。本作にはRPGらしく敵との戦闘シーンはあるものの戦闘を行っても得られるものが無い、少なくとも目に見えて得られるものは何も無い。レベルが上がって強くなる、お金がたまって新しい武器が買える、そういうことによる成長の実感がまるで無いのです。

貯金が趣味な人は、きっと預金通帳をことあるごとに眺めるでしょう。それは日に日に溜まっていくお金、預金額を目で確認できそれを実感できるからです。ではRPG好きな人はどうでしょう?経験値が溜まっていく、レベルが上がってパラメーターが上昇する。新しい武器や防具を買って、装備品リストにそれが表示される。それを目で確認でき成長を実感することに楽しみを感じるのではないでしょうか?

確かに単純作業の繰り返しは面倒ですが、普通のRPGはその繰り返しがちゃんと報われるからこそ、楽しみも感じられ続けていけるのではないでしょうか?本作もせめて、モンスター毎の経験値や自分達が強くなっていることを目で確認できるものがあればもっと違ったのではないかと私は考えます。

*追い討ちをかけるようですが

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やはりウルフチームの作品ならではと言えばいいのでしょうか、本作には他にも何かをやろうとした試みは感じられるがまったく活かせてないように思える箇所がいくつかありました。例えば戦闘コマンドが他のRPGに比べてやたらと充実しているのですが、結局ほとんどの戦闘で「攻撃」か「魔法を使う」(あと「励ます」)以外使わなかったりとか。

その魔法についても、本作では物語の中盤から精霊に魔法を授けてもらえるようになるのですが、その中にある即死系の魔法が恐ろしいほど成功率が高いので、それを覚えたら以後の戦闘はそれを使うだけで勝ち進めるようになります。従って他の魔法はあっても使うことがほとんどありません(町に戻る転移魔法くらい?)。

また物語の中盤で砂漠や氷河を旅することになるのですが、砂漠や氷河の広さと自然の驚異を表現したかったのでしょうけれど、さすがに壁も障害物も無い100x100マスのマップ内を、ノーヒントで場所がわからない目的地に向かって歩かされるのは「拷問」以外の何ものでもありません。ただただゲンナリするだけでした。

もちろん試みが成功しているところ、例えば塔の周囲にある階段を進んでいくところの表現なんかは感心できるものだったりするのですが、空回りだったり雑に感じられてしまうような場所も多くあったのも事実です。

では本作は失敗作だったのでしょうか?

*失敗から得られるもの

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本作を「クソゲー」などと言うつもりはありませんが、プレイヤーにとって成功だったかか失敗だったかで言えば「失敗」という方向に向くのではないかと思います。しかし、その失敗から得られたものも十分にありました。それはRPGにとって一見「面倒臭い・煩わしい」と思ってしまいがちな要素も、実は重要なものだったということに気がついたことです。

RPGは単調に思えることを繰り返し、プレイヤーの分身を成長・強化させて、それを目で見て実感できるということが欠かせない要素なんだと。邪魔や無用に思えることでも、じゃあそれをばっさり切り落としてしまえば解決になるのか、満足できるのかというとそういうことではないということに気がつけたのです。それは大きな収穫でしょう。

ちなみに近年のRPGにおいてはDLC(ダウンロードコンテンツ)を購入することで、ちまちまレベル上げをしなくても経験値そのものを購入できるというものもあります。そんなことをやって楽しいのか?キャラに愛着がわくのか?と思うこともあるのですが、最近のRPGは昔と違い、レベルを上げきってからでもやれる事、あるいはレベルが上がってないと始められないことというのも多くありますので一概にこういうのが「悪」だとは言えない話ですね。

*さすがウルフチーム!俺達に(ry

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さて最後になりますが、本作についてウルフチームそのものは別に失敗したとは思っていなかったようで、続編の「II」でも経験値の無いシステムを継続させただけでなく、さらに他のRPGには見られなかった奇抜なシステムをいくつか導入してきました。まあそこについては「アークスII」を紹介するときがあれば、説明していこうと思います。

兵法における常識を覆す策、あるいは裏をかく策を「奇策」といいますが、ウルフチームは基本的にこの「奇策」の多い会社だったような印象があります。常識の裏をかく奇策というものは目にはつきやすい、目立ちやすいものですが、策において何より重要なのは「効果を上げること」であり、間違っても「奇策を産み出すこと」ではないのです。

とはいえ、ウルフチームの次々と奇策を産み出してくるチャンレンジ精神に、当時の私達は痺れ憧れていたという部分があったのも確かです。だから、なんとなく結果は解っていたとしても、ウルフチームの作品を手にとってしまっていたのでしょうし、今でも強く印象に残っているメーカーなのだと思うのです。

というわけで、今回は今までとちょっと違う記事の書き方をして見ました。
いかがだったでしょうか?


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