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発売年:1978年
発売元:タイトー
ジャンル:シューティングゲーム
発売機種:アーケード、Atari2600、ファミリーコンピューター、MSX、その他多数
※画像は個別に指定が無い限りMSX版のものです

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皆の衆久し振りじゃの。ここの更新が滞っておった事情については前の記事にて書いておるので、ここでは触れずに話を進めるぞい。

さて、2019年5月1日より元号が改められ「平成」から「令和」になったのう。わしがまだ少年じゃった頃に「昭和」から「平成」になったときは「へー、昭和じゃなくなるんだー」ぐらいにしか思っておらんかったが、今回の改元については仕事で関わっているシステムの改元対応で忙しく平成の余韻を味わう間も無く令和が始まったという感じじゃったわいw

というわけでじゃ、今回はそんな過ぎ去っていった「平成」を振り返る…のではなく、さらに遡って 「昭和」の時代に大大ブームを起こし、社会現象にまでなったゲームについて紹介しようと思っておる。(結局いつもと同じじゃんというツッコミは無視じゃ)

この大ブーム、わしはギリギリ世代じゃないんじゃがその残照は体験しておる。そこについても後で語らせてもらうかのう。
では中に入るがよい、射手の塔 FLOOR 20 じゃ!

「スペースインベーダー」とは
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「スペースインベーダー」は、1978年に「ラスタンサーガ」や「ダライアス」でお馴染みの「タイトー」から発売された画面固定型シューティングゲームで、タイトーという会社を大企業に押し上げた立役者、そして会社そのもののイメージとなった代表作である。また現代のシューティングゲームの始祖とも言われている。

シンプルな操作性でありながら「敵がプレイヤーを狙って攻撃してくる」という当時のゲームとしては非常に刺激的な要素を持ち、ゲーム性も単純なものではなく、この時代に「ゲーム攻略法」がプレイヤー間で研究・開発されたほど当時では奥深いものだった。

本作は発売後に爆発的にヒット、それほどゲームに興味の無かった人々までを巻き込んだ「インベーダーブーム」という社会現象まで起こした。またこのブームにより、様々な企業が本作に影響を受けた作品(ナムコの「ギャラクシアン」など)を意欲的に開発していった事で、結果としてゲーム業界をも大きく発展させた。

そうい点でも、ゲームの歴史を語る上でも避けて通れない作品であるる。

侵略者(インベーダー)を迎撃せよ!
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本作は地上を侵略しようと降下してくるインベーダー達を、砲台を操作してミサイルを発射して迎撃、全滅させるのがゲームの目的となっている。

操作方法はレバーで砲台を移動、ボタンでミサイルを発射と非常にシンプルだが、砲台は左右にのみ移動が可能、ミサイルは真上にしか撃てず、一度撃ったら何かに当たるか画面最上部に届くまで次弾が撃てないという、現在のシューティングゲームの感覚では信じられないような仕様になっていた。

一方、インベーダーは画面を左から右(または右から左)へ進み、進行側の列にいるインベーダーが画面端まで届くと、全インベーダーが一段下に下がって今度は逆方向へ進むというのを繰り返しながら、砲台と同様にミサイルを撃ってくる。このミサイルが砲台に当たってしまうと砲台を一機失い、残り砲台が0になるとゲームオーバーとなる。また最下段のインベーダーが砲台と同じラインまで到達すると、残機がいくらある状態でも一発ゲームオーバーとなる。

インベーダーの撃つミサイルは、真下にのみ発射されるのだが、配置されているインベーダーはただ漫然とミサイルを撃ってくる訳ではなく、砲台を意図的に狙って撃ってくる。自機を狙って敵が弾を撃ってくるというのは、今の感覚では当たり前過ぎる仕様だが、この当時では非常に画期的な事であり、この仕様が本作が爆発的にヒットする大きな要因ともなった。

インベーダーの撃つミサイルには2種類あり、砲台のミサイルを当てて相殺できるものとできないものがあるが、どちらのミサイルも画面下部に配置された4つのトーチカによって防ぐことが可能である。ただしトーチカはインベーダー(または砲台)のミサイルを受けるか、インベーダーがトーチカに重なる事で破壊されていき、やがて消滅してしまう。

本作はラウンドクリア制で、画面上5段11列(作品により若干変わる)に配置されたインベーダーを全て撃墜することでラウンドクリア。ラウンドクリア後は、また5段11列にインベーダーが再配置されるのでこれを全滅させるというのを繰り返していく。ちなみにラウンドクリア後は、全てのトーチカが完全復活する。

なお、ラウンドクリア毎にインベーダーの初期配置は一段ずつ下に下がってくる。これによりインベーダーが地上に達するまでの制限時間が短くなり難易度が上昇する。ただし8ラウンドクリアする毎にインベーダーの初期配置はラウンド1の位置まで戻る仕様になっていた。


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ゲーム中、ときおり最上部をUFOが通過する事があり、これを撃ち落とすとボーナス点が入る。ボーナス点は50点、100点、150点、300点とあり、乱数で決まる為撃ち落とすまで得点はわからない(※)。インベーダーは撃墜しても10〜30点しか得られないので、ハイスコアを狙うにあたりUFOのボーナス点を取ることの影響は大きい。

※実は乱数ではなく、ラウンドが始まってから砲台が撃ったミサイルの回数で、UFO撃墜時の得点は決められていた(スタートから8発目、以降15発目のミサイルで撃ち落とせば必ず300点が取れる)。その為空撃ちなどを行うことで調整し、確実に300点を取ることも可能であった。
ちなみにこの砲台が撃ったミサイルの回数は、ラウンドクリア後に初期化される。

必殺「名古屋撃ち」!!
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この時代のゲームは基本的にゲームクリアという概念がなく、ひたすらラウンドクリアを繰り返して他の人より高得点を取るということが大きな目的であった。その為、先程のUFOのボーナス点も重要だが、何よりも確実にラウンドクリアを繰り返せる攻略法が求められた。

この攻略法として、当時最も有名だったものを紹介する。

先述の通りインベーダーは真下にミサイルを撃ってくるのだが、インベーダーのミサイルが表示されるのはそのインベーダーより1キャラクター分下からで、さらにミサイルの当たり判定はその下に存在していた。従ってインベーダーが最下段(ゲームオーバーになる手前の段)にいるときはインベーダーのミサイルは砲台のさらに下に表示されるので絶対に当たらないのだ。

しかも砲台側のミサイルはインベーダーにちゃんと当たり、さらに至近からの攻撃なのでミサイルを外すというミスも起きにくいという状況が生まれる。これはシステムの虚をついた「裏技」的なものであり、また「裏技」という言葉も本作から生まれたという説もある。

しかしこれは大前提としてインベーダーを最下段まで引きつける必要があるため、状況を作り出すまでの間に被弾してしまうリスクがあった。そこでまず画面に配置されたインベーダーの中央あたり数列を撃墜する。これにより敵の攻撃が発生しない安全地帯ができ、被弾するリスクが大幅に下がるのだ。
また同時にこの安全地帯は、途中出現するUFOが狙い撃ちしやすくなるというメリットもある。

次に左右に分かれた数列ずつの塊のうち、どちらかの塊を端の列の最上段のインベーダーだけを残して撃墜する。インベーダーは端の列が画面端に到達した時点で一段下に下がるので、列が多く残っているほどインベーダーの侵攻(下に下がってくる)スピードを早めさせ、先述の状況を早く作り出すことができた。またそうして敵の数を減らすことで、処理スピードの関係でインベーダーの進行速度がさらに上がるメリットもあった。

こうやって最下段のインベーダーをギリギリまで引きつけたうえで最下段のみ撃墜、そしてまた最下段のインベーダーを引きつけて撃墜することを繰り返す。これが、ある年齢以上のゲーマーであれば必ず一度は耳にした事があるであろう「名古屋撃ち」と呼ばれた攻略法である。
最下段のインベーダーを撃ち漏らすと一発ゲームオーバーになってしまう為、ミスが絶対許されない状況での的確な射撃スキルも求められるが、より高得点、つまり何度ものラウンドクリアを実施するには重要な攻略法であった。

しかし前述したように、ラウンドクリア後はインベーダーの初期配置位置が少し下がってくるので名古屋撃ちの状況を作るのが間に合わなくなってくる場合がある。そのため中央の数列だけ撃ち落として待つ「中央突破」という名古屋撃ちの亜種も存在した。

ちなみにこの「名古屋撃ち」という攻略法が本当に名古屋で発生したものなのか、撃ちもらしたらもう終わり(尾張)にかけた駄洒落からきたものなのかはハッキリしていないとの事である。


「インベーダーブーム」により侵略は成功した?
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本作はこの時代では画期的な、敵が自機を「狙って」弾を打ってくる(乱雑にミサイルをばら撒くのではなく、砲台付近のインベーダーのみが砲台の動きに反応してミサイルを撃って来る)という仕様による、敵とミサイルを撃ち合う駆け引きとスリルが好評で、刺激を求める若者を中心に人気が高まりあっという間にブームとなり、全国各地から発注依頼が来るようになったという。

「インベーダーブーム」の幕開けである。

これによりタイトーだけでなく、タイトーの委託会社もインベーダーゲームを開発、さらには許可を得ていない別の会社までがインベーダーゲームのパチもの亜種や違法コピー品を発売し始め、巷にはこういったインベーダーゲームのみを集めて設置した「インベーダーハウス」と呼ばれるものまで登場、さらには喫茶店(インベーダー喫茶)にまでもインベーダーゲームが設置されるようになり、各地で若者や営業中のサラリーマン達が100円玉を山積みにして熱狂する姿が多く見られた。

余談だが、実はあの任天堂もこの当時インベーダーゲームのパチもの亜種を開発し販売している(スペースフィーバー)。

そしてインベーダーブームはゲームという業界だけでは収まらず、あの「イエロー・マジック・オーケストラ」がインベーダーをモチーフにした曲を製作したり、女子プロレスで当時大人気だった「ビューティ・ペア」のマキ上田さんがソロで「インベーダーWALK」なる曲をリリースしたりと、その余波は広がっていった。

こうしてインベーダーによる地球侵略は達成されたように見えたのだが、ブームが高まりすぎたことによりインベーダーハウス(ゲームセンター)が不良の溜まり場になる、夜遅くまで未成年者が入り浸るなどが世間やPTAで問題視されるようになり、学校で施設への出入り禁止が通達されたり、各施設に補導員が出入りするようになることでブームは一気に衰退していった。

インベーダーブームは僅か1年ちょっと続き、スペースインベーダーを開発したタイトーに巨大な利益を与えたが、許可の無い亜種や違法コピー品などによる損害もまた巨大なものだった。そして同様にインベーダーハウスなどの施設も大きな利益を得たが、ブームの終焉により立ち行かなくなり閉店してしまう施設も多くあったという。

最後に

この「スペースインベーダー」という作品は、
① 当時では画期的な「プレイヤーを狙ってくる敵との撃ち合い」という刺激的なゲーム性でユーザーを魅了した。
② それを大きな要因として、ゲームがゲームの枠を越えて「社会現象」と呼ばれるまでのブームを起こし、一般的な知名度も得た。
③ このブームの中で、多くの競合他社が本作の亜種を発売した事で、ゲーム業界(特にシューティングゲーム)が発展、活性化した。
④ システムの虚を衝いた「裏技」による攻略法が、ユーザー間で開発・改良され広く流布された。
これらの出来事を起こした点から、最初に言ったようにゲーム史を語る上で避けては通れない重要な作品であり、後にこれに近い規模のものが発生したのは1985年の「スーパーマリオブーム」、1991年のストリートファイターIIを発端とした「格闘ゲームブーム」などであろうか。

筆者はこのインベーダーブームを経験していないが、実際にこのスペースインベーダーをプレイしてみると、こっちを狙って撃ってくるインベーダーとトーチカを挟んでの攻防や、名古屋撃最下段での一発ゲームオーバーを含んだスリルなど、今でも熱くなるものが確かに存在した。

「凄い…親父が熱中するわけだ!」

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さて、どうじゃったかのう?

最初に、わしはインベーダーブームを体験してはいないがその残照は体験している、と書いたのじゃがそれは何かというと、まずブームによって大量に出回ったインベーダーゲームはブームの終焉と共に処分されたんじゃが、その多くが駄菓子屋などに引き取られたことで我々世代の子供が、10円や20円でインベーダーゲームを遊ぶことができた事じゃ。

また乱立した「インベーダーハウス」もブームの終焉と共に閉店するものもあったそうじゃが、多くはその後インベーダーゲーム以外のゲームも設置するようになって営業を継続したことで、我々世代の子供がいろいろなところのゲームセンターで遊べるようになった事じゃな。

じゃが良くない残照もあった。ブーム終焉のきっかけともなった「ゲーセンは不良のたまり場」という世間の認識の定着と、学校での「ゲーセン出入り禁止令」じゃな。これによって我々世代の子供は大手を振ってゲームセンターに行くことが非常に難しくなった。その結果、恐らくわしと同世代のものたちの多くは駄菓子屋ゲーセンに足しげく通ったのではないかな?

さて、文章が余り長くなるのもあれなんで今回は余り触れずに来たんじゃが、このスペースインベーダーによるインベーダーブーム、これについて当時のタイトーには様々な都市伝説が存在するんじゃ。例えば、インベーダーハウスから100円玉を回収しにいくのに4トントラックでなければ無理だったとか、この当時タイトー社員のボーナスが100万もらえたとかの。かなり面白い話じゃから興味があるものは調べてみるのも良いと思うぞい。

では最後に、インベーダーブーム直撃世代の方、あるいはわしと同じようにその残照を体験した方がおったら、是非コメントで語っていただきたいのう。





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